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医療モールをご活用の皆様へ(日本調剤と医療モール)

医療モールをご活用の皆様へ(日本調剤と医療モール)

日本調剤の創業は1980年 医療分業は創業以来の企業理念です

創業

弊社の創業は1980年(昭和55年)。北海道札幌市にて誕生しました。

当時は医薬分業がまだ始まったばかりの頃。
市中の診療所も不足し、診療所には患者様があふれかえっていました。

医薬分業は診療所から投薬業務を開放し、診療に専念する体制を築く意味もあります。
弊社社長の三津原博は札幌市内の診療所をくまなく周り、先生方に医薬分業を説いて出店を行って参りました。

医療ゾーンの計画

当時から東京への進出を考えていた三津原は東京の視察を何度も行います。

当時東京では複数の診療所が集積して、各科目の先生方が専門性を活かして治療に専念することで全体の医療の質を上げている「医療ゾーン」なるものが僅かながら存在しておりました。
「病診療連携」「診診連携」等の言葉すら無い時代でしたが、そこで行われていたのはまさしくそれでした。

この医療ゾーンを札幌でも計画できないか。この医療ゾーンを社内的に「メディカルセンター(MC)」と名付けた三津原は、1985年(昭和60年)頃本格的に動き出します。

メディカルセンターを企画

北郷メディカルビル
(北郷メディカルビル)

当時はバブル経済の予兆が感じられた頃。
札幌市内でも地下鉄沿線地域を中心に宅地開発が盛んに行われていました。

また、団塊の世代の診療所の新規開業が多く発生した時期でもありました。

この好機を活かし、札幌市内で5件のメディカルセンターを企画。この5件のメディカルセンターは長いもので開業20年以上が経過していますが、現在でも盛業中です。

東京への進出

東京への進出

時代が平成に変わった頃、弊社は本格的に東京に進出します。札幌よりはるかに開発が進行していた東京は、新規開発地域の医療提供体制不足を招いていました。

当時は東京都内よりも周辺地域に人口が集中する「ドーナツ化現象」が発生していました。
弊社はこの現象に目をつけ、まさに東京を取り囲むドーナツの部分を中心にメディカルセンターを次々と計画していきました。

その後、総合病院が次々と医薬分業を行っていく中、弊社の出店は総合病院前の門前薬局が中心となりましたが、平成18年にメディカルセンター型の出店を「復活」させました。
復活後も着実にメディカルセンター型の出店を行っております。

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